「どうした?」
バシャバシャうるさかった水音が少し小さくなって、大石の声がその分大きくなった。
「まさか手伝いに来てくれたとか?」
オレには向けられない嬉しそうな顔が浮かんできて、のどの辺りがなんだか苦しくなった。
すごい速さで心臓が動いてる気がする。

早く出て行った方がいい。
ていうか何でオレ隠れてんのさ?
別にやましいこともないんだからさっさと出ようよ。
不二が怒るよ。
・・・遠慮してんのか?
何に?
手塚に?
大石に?
何で?

実際さっさと出てっちゃえばよかったんだ。
いつもみたいにおちゃらけて二人を驚かして、また後でな〜って。
それでよかったんだ。
でも、たくさんの言葉たちが頭の中を無意味にぐるぐる回るばかりでオレは動けなかった。

「大石」
そんなオレの後ろで、手塚はもう一度名前を呼んだ。そして、
「答えを聞きたい」
そう言った。

バシャバシャいう水の音だけがしばらく続いた。

「・・・そこのカゴとってもらえるか?」
「はぐらかすな」
明るく言った大石を遮る、硬い手塚の声。

え?
え?
何?

「質問に答えろ」

「・・・手塚にしては冗談キツイなぁ」
「生憎だが俺は至って真面目だ」
オレでも分かったんだ、大石が分からないはずがない。
手塚は大真面目だ。
そんで大石はごまかそうとしてる。

何?

「お前の答えが聞きたいんだ」
手塚の声が近くなった。多分大石の隣に来たんだろう。

はぁ って大石のため息が聞こえてきた。
「・・・聞くまでもないだろう?」
少し笑った声。何でそんなこと聞くんだよ って感じ。
「だってそんなことあるわけないじゃないか。俺が」
そこまで言うと大石は言葉を切った。
相変わらずバシャバシャ水音がする。

「・・・俺は」
かなり長く黙った後、大石は

「俺は男だぞ?」
大真面目にそう 言った。




どういう―――


「知っている」
「・・・手塚」
そういうことじゃない、と続けたのを遮って手塚は続けた。
「不安なのは分からんでもない。俺もお前に言うのにかなり躊躇ったからな」

バシャバシャバシャ
水音はやまない。
遠くでセミの鳴き声もしてた。

なんだか 耳のおくがガンガンいっててよく 聞こえなかったけど。

「・・・俺はこういう事に疎いから他の者たちの事はよく分からんが」


よくわかんない
ちょっと整理してみよう
手塚は何がいいたいの?
大石はなんていわれたの?


「俺はお前がどう答えようとこれから先のお前に対する態度を変える気はないから、その点は安心しろ」


大石は男で 手塚も男で
そんなのわかってて
手塚は大石が 好きで

大石は 手塚 が


「大石」

うながすような手塚の声。

言え。
正直な気持を。
ちゃんと受け止める。
だから。

そんなこと手塚は言わなかったけど、オレには聞こえた。

聞こえたんだ。


「何で・・・・・―――――?」
かすれた声で大石が手塚に何か訊いたけど、水の音がガンガンうるさいせいかオレの耳には聞き取れなかった。
手塚は黙ってた。
聞こえてるはずなのに黙ってた。
「・・・わかったよ―――降参するよ。手塚」
しばらくして聞こえてきたのは、いつもの大石の声だった。
いつも通りの、明るくて、でもオレより少し低くて、声変わりしたばっかしなのによく通って
オレの大好きな声。
「俺は―――が―――」
少しふるえてた。
水がうるさい。

その声が、


「好きだ。」


そう 言った。


「・・・そうか。」
手塚は少し黙った後、言った。
「少しは楽になったか」
なんだかいつもより柔らかい気がした。
「少しは、な」
少し笑って大石は返した。
ざり って砂を踏む音。
「・・・手塚!」
帰ろうとした手塚を大石が呼び止めたらしかった。
「―――ありがとう」
「礼を言う事ではないだろう」
ちょっと遠くから聞こえてきた声はいつも通り不機嫌そうだった。
そうだなって大石は笑った。
ざりっ
「あ、それから!」
かなり遠くなったらしい相手に声を大きくする。
「その・・・これからもよろしくな!・・・こんな事言うのは変だけど」

「ああ」
振り返った手塚が笑ってるのが分かった。
手塚の笑顔なんてみたことないのに。



結局大石は二十個近いカゴをみんな一人で洗って重ねてどこかに持っていった。

しばらくして雨が降り出して、それでも戻ってこないオレを心配した不二が探しにくるまで、オレはその水道の下でうずくまっていた。





















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