でかいブタのぬいぐるみがほしい。




ハルコさんが唐突なのにはもう驚かない。
けど、

「誕生日、前からMP3がいいって言ってませんでしたっけ?」
「うん」

だけど、ぬいぐるみがよくなった。

おかゆをズゾゾとすすりながら、ハルコさんは目を細める。

またレポートが終わらなくて徹夜して、ぼくが作ってあげたおかゆ。

本人はぼくが食べていた豆腐ハンバーグがいいと言ったんだけど、3日ほどまともな食事を取らずにパソコンとにらめっこしてクマを作っている人には食べさせたくない料理だ。

「ダメ?」
「いやダメじゃないですけど……」

今日買いに行こうと思っていたところだったので、言ってもらえて助かったけど。
それにしても。

「ぬいぐるみなんてどうするんですか?」

「愛でる」

当然だろうと言わんばかりに尖らす口の、右端についた重湯を指で拭ってやる。

「はぁ」
「まくらにしたりもできる」
「それは……本来の目的ではないと思いますけど」
「だから。したり『も』できる」

それだけ言うと、またおかゆに集中する。
貝柱がもっとふやけるまで食べてしまわないように横に寄せておくので、おわんの一部にこんもりと薄茶色の山ができている。
ぼくはいつも最初から貝柱を入れておくので、ハルコさんの前に出す頃にはもう十分にフヤフヤになっているのだけれど。

「まぁ、いろんな楽しみ方があるだろ」

それだけダシが出せれば貝柱も本望だろう。

「はぁ……じゃあ一緒に選びに行きます? いろいろあるでしょうし」
「まだレポートあるから、徳川くんが気に入ったの買ってきて」
「いや、だってほら……」

ぼくが選ぶものは、どうやらハルコさんの琴線とはすこし調律が違うみたいだ。
この前何でもいいからと言われて買ってきたコンビニのオニギリも、しばらく眺めると「あげる」とぼくの口に押し込んできた。
服、本、食べ物。
趣味が合った例がない。

「またいらなくなっちゃうかもしれませんよ」
「ならない」
「ぼくいりませんよ、ぬいぐるみ」
「いらなくならないから大丈夫」

なったじゃんオニギリ、密かにと肩を落とす。
そんなぼくに気付くそぶりもなく、ハルコさんはスゾゾゾ、と音を立てておかゆを飲み干した。

「いくらおかゆでも丸呑みはやめてくださいって…重湯じゃないんですから」
「胃、丈夫だから」

そういう問題ではない。
べろりと口の周りをなめると、残しておいた貝柱に手をつける。

「ぼくピンクのとかは間違っても買ってきませんよ」
「うん」
「空色のとか買ってきますよ」
「うん」
「何色が欲しいとかあるならいってください」
「徳川くんが選んだやつ」

絶対的な信頼みたいなものを寄せてもらえるのは嬉しい。
でも結果はもう見えてる。

ため息を吐いて、それでも無駄な努力を試みる。
普段のハルコさんを思い出してみる。
オレンジのパーカーに緑色のスニーカーなんていう、遠くからでも一目で見つけられるようなファッションが多い。
でもパステルカラーのTシャツもよく着るし、お気に入りのマフラーはオフホワイトとベージュのボーダーだ。
黒縁のメガネも水色の花柄ヘアバンドもお気に入り。

……何か統一性があってもいいもんだと思うんだけどなぁ。

「コレ」
「……はい?」

頭を抱えているぼくに、貝柱を噛みながらハルコさんが差し出したもの。本。
『かんたんにつくれる ぬいぐるみ』
表紙には、生成りの生地でつくられた、30センチほどのブタ。

「確か新町にある」
「はい?」
「布屋」

残りの貝柱を口に放り込むと、うつわとお盆を流しに下げる。

「ああいうとこ行ったことないから行ってみたいけど」

憎きオニ川を今日中に何とかしないと、と例のヘアバンドで髪を上げる。
押川先生のレポートは指定の文字数さえクリアすれば可がもらえることで有名だけど、同時にその文字数が多いことでも有名だ。

「今回は何字なんですか」
「7000。……っしゃ。あと1208」

ちなみに1文字でも足りないと通してくれないことでも知られている。

ぼくは、目の前に置かれたその本を開いてみる。
見慣れない言葉。マチって何だ。

「あの、すみません今更なんですけど」
「はい」

パソコンのスイッチを入れて、立ち上がるのを待ちながらハルコさんは欠伸をする。

「ぼくが作るんですか?」
「うん」
「これミシン使うって書いてありますけど」
「そうだね」
「うちにミシンなんてないでしょ」
「部活の借りれる」
「ぼく使ったことないですけど」
「だいじょうぶだいじょうぶ」

きみは器用だから。とまた変な信頼を寄せてくれる。

完璧に立ち上がったパソコンに向かってしまったハルコさんにまたため息をついて、ページを捲る。
ざっと見た感じだけれど、ド素人が触れられないようなレベルの本ではなかった。
ぬいぐるみなんて作ったことはないけれど、多分何とかなるだろう。

寄せられた信頼には応えなくちゃ。


「それにさ」

どんな布を買おうか考えているぼくに、今度はワードを立ち上げながらハルコさんが呟く。

「徳川くんがつくるものは何でも好きだから」


一度もご飯を残したことがないハルコさんは、そういうとものすごい速さでキーボードを打ち始めた。
ぼくはというと、バカみたいに真っ赤になってその手元を見つめるしかなかった。

好きだから。って……



「……やっぱり、一緒に行きましょう。布選び」
「店、開いてるうちに終わらないかもよオニ川」
「大丈夫でしょう」

ハルコさんなら。という僕の呟きに、一瞬手を止めて目を上げる。

「……30分」
「……出かける準備しときます」

その目を見ずに本を閉じると、かばんと財布の用意をしに席を立った。
フヤフヤと緩む口元を押さえながら、さっきの言葉をもう一度、反芻する。

好きだから。

って。


『初めて言われた……かも……』











ハルコさんがいつもレポートを書いている……
2人は演劇部でハルコさんの方が先輩という裏設定ができました。
本名も決めました。
無駄にならないことを祈る。


2009.7.20




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