「お疲れ。やったね英二!」
「さんきゅ〜!いや〜二人分動くのは疲れるわー」
試合に勝ち、ベンチに戻ってきた菊丸に不二がドリンクを差し出す。
「すごかったね。なにあれ?双子?」
「実は三つ子なんだぜ」
「うそつけ」
「うそついた」
じゃれあって笑う彼らを、大石は一段高くなった観客席から眺めていた。
コートは整備が入り、皆は貴重な休憩時間を思い思いに過ごしている。
「大石先パイ、降りないんすかー?」
下から桃城が彼に気付いて声をかけた。
「ああ」
笑って軽く手を降ると、桃城はペコリと頭を下げてレギュラーの元に走っていった。
その後ろ姿を、また眺める。
大石には、笑い合っている彼らと自分とが、とても離れてしまったように思えた。



……自分から、退いた。

それが一番いい判断だった。
だったはずだ。
間違っていたなどと思ったことはない。

それなのに、何故―――



「それはなぁ」
声に顔を上げると、いつの間にか菊丸が彼の傍らに立っていた。
「お前が逃げたからだよ」

「英二……?」

大石が我に返ってコートに目をやると、皆と笑いあう菊丸がいる。
目を戻すと、そこも菊丸がいる。

「オレ勝ったけどお前そんなに嬉しくないだろ」

「……そんなことはないさ」

「だったら何で来ないんだよ。いつもの大石なら降りてきた」

「だからって嬉しくないことにはならない」

「いつもよりは嬉しくないだろ。ごまかしたって分かるよ」

「ごまかしてなんかいない」

「ごまかしてないんならわざと気付いてないんだ大石は」

「何に」

「自分の気持ちに」

「俺の気持ち」

「そうだよ。お前がホントは何をしたいのか」

「俺は……全国で優勝したい」

「違うね」

「違わない」

「違う」

「違わない」

「だったら何で泣いたんだよ。あの時なんで泣いたんだ」

「なんでって」

「全国優勝よりしたいことがあったのにできなくなったから泣いたんだ」

「何を」

「お前はオレとダブルスが組みたいんだ」

「それは当たり前だろう。けどそれだけにこだわっていたら」

「全国で通用するかしないかなんてやってみなきゃわかんないだろ。そんなの言い訳だ。お前は逃げたんだ」

「何から」

「自分から」

「俺から」

「お前はいつも自分で諦めることで自分から逃げてる」

「自分から」

「お前が求めれば何だって手に入るのにそれをしないんだ。怖いから」

「何が」

大石がそう訊くと、菊丸は少し悲しそうな顔をして言った。

「全てが」




「大石先パイ?」
ふと気がつくと、周りにはコートから戻った仲間たちがいた。
下では次の試合が始まろうとしている。
「大丈夫ッスか」
「ああ。スマン」
そう笑って、試合に集中しようとする。

頭の中では先ほどの言葉が渦を巻いていた。

  嬉しくない  ごまかしてないなら  ホントは何を  違うね  あの時なんで  優勝より  オレと
   逃げた  自分から  自分で  求めれば何だって  怖いから
「何が」

  全てが




試合は快勝だった。
終了の号令と共に歓喜の声が沸きあがった。
会場での解散後、千葉へと帰る六角中の生徒とも分かれ、部員たちも各々帰路に就いた。
大石は菊丸と並んで歩いた。
晴れた空が夕焼けの色に染まる中を二人で帰るのは久しぶりな気がした。
「大石、さ」
あと少しで分かれ道、というところで菊丸が口を開いた。
「オレ待ってるからな」
大石は立ち止まった。
歩くスピードは全く変えず、菊丸は続けた。
「手首が治るまで待ってる。卒業しても、高校行っても大学行っても就職しても待ってる。お前がテニスしたくなくなったって待ってる。お前の手首が治ってオレとまたテニスしたくなるまで待ってる」
姿が夕日に重なった時、菊丸は振り向いた。
「それくらいでお前とのペアが嫌になんてならない」
逆光で、大石には彼の表情が読み取れない。
「でもお前は、嫌になる?」

「ならない」

思わずそう応えていた。
日が沈み、光にやられていた目が次第に物を捉えられるようになっていく。
あたりがはっきり見えるようになった頃、やっと菊丸の顔が見え始めた。
「俺は」
大石は彼の姿を網膜にしっかり捕え、逃がさないように目を閉じた。
「お前のパートナーだから」
再び目を開いて、驚いた顔をしている菊丸を見て笑った。
「何だよ」
「……そんなこと言うと思わなかったから」
「ありゃ。以心伝心だと思ってたんだけどな」
「限界だってあるんです」
「はは」
声に出して笑い、大石は菊丸の隣までの数メートルを歩いた。






















** 2006.7.24
比嘉中のあれ。
あれ どういうこと(゜д゜)? ってなったよね。じゃれ合うって……

こんな内向的な大石が好きですよ。
それを引っ張りあげるのが英二だといい。



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