01.
告白 【65文字】
「あのね」
武は俺を見た。
「僕ね」
「いくな」
俺は目も見ずに言った。
武は笑った。「言うと思った」
泣きそうな顔で。
「でもお役目だから。」
02.
嘘 【49文字】
青い空は高く、雲は頭の遥か上を流れている。彼は天気はどうだと私に尋ねた。土砂降りだよと私は答えた。
03.
卒業 【65文字】
優は唄わなかった。まるで彼の周りだけ音がないようだった。「どうした」先生が訊いた。
優は友達を一瞥すると「アホらし」と吐き捨てた。
04.
旅 【65文字】
なぜ行くのかと尋ねると、にっこり笑って彼は答えた。
死ぬため。
洗い晒しの上着も穴だらけのズボンも磨り減った靴も、彼の死に装束なのだ。
05.
学ぶ 【65文字】
勉強がしたいんだ、将来のために。
そう語る彼に、
勉強したくないんだ。将来のために。
そんなことは言いたくなくて、僕は笑ってごまかした。
06.
電車 【64文字】
誰もいない車内に電気が点いているのは浪費だなぁと思ったらキュゥンという音とともに約半分まで明かりが落ちた。エスパーでもいるのか。
07.
ペット 【62文字】
尻尾を振って甘える様は宛ら愛玩動物だ。
然し其れは、愛玩するには些かグロテスクであった。
私としては特に頭部を覆う鱗様の皮膚が。
08.
癖 【65文字】
眉毛を撫でつけて、癖なんだ、と煙を吐いた姿を思い出し、すぐやめた。
不毛な行為だ。もう居ない人間のことを考えるのは。
至極不毛な行為だ。
09.
おとな 【64文字】
深々と頭を下げる俺と、笑う ベリ。
サトにはプライドって物がないの?
ないよ。
この程度で崩れる脆いプライドなんて。
後半は言わなかった。
10.
食事 【65文字】
体中を切り刻まれてもそれは必死に口を動かしていた。
しかし彼らはそれが目に入らないのか薄紅の身をつつく箸を止めない。
お前食わないの?
11.
本 【65文字】
正歴を伝えるために作られた筈の紙の束は、今や完全に唯の紙屑となった。
彼は掌の火を哀しげに見つめた後、その屑山の麓にそっと落とした。
12.
夢 【65文字】
トンネルをバスは走る。殆ど振動がない。驚くほど静かだ。
壁に書かれた8が流れていって、僕は、さて今日はどこで起きるのかな、と呟いた。
13.
女と女 【65文字】
薫の真っ黒で長い髪をうらやましげに眺めた愛がメニューに目を戻した瞬間、薫は顔を上げて愛のヒヨコみたいに明るい短い髪に溜息をついた。
14.
手紙 【63文字】
朱いポストの背を開けると、数枚の封筒と葉書が入っているだけだった。
誠は日に日に少なくなっていくそれを丁寧に揃え、鞄に仕舞った。
15.
信仰 【65文字】
「ロケットが月に行く時代に何がカミサマだよ」そう言う僕に、彼は笑う。「そうして君が科学を信じるように、私は神を信じているんですよ」
16.
遊び 【65文字】
幼いわらべうたのメロディに導かれ辿りついた小さな神社にあったのは、楽しげな笑い声とコロンコロンという足音と、誰もいない境内だった。
17.
初体験 【64文字】
消毒液の匂いは僕の孤独感を掻き立てた。そして涼しくも暖かくもない空間に声が響き渡る、「次の方」、象牙色のカーテンが幽かに揺れた。
18.
仕事 【65文字】
階段を上りきり、彼は大きく伸びをして空気を吸い込んだ。多少の腐臭は気にしないでおく。愛用の鎌で縄を切ると、どさりと死体が落下した。
19.
化粧 【65文字】
卓の背中と、香の微笑が消えるのは同時だった。
口紅とチークで素早く顔を作り直し、出来立ての幼い笑顔で、角を曲がった晃に手を振った。
20.
怒り 【65文字】
真は黙った。
何て言おうか考えてたんだ。
理性の強い彼だからできる芸当だったけど、思いつかなかったらしく、結局拓の右頬に拳が炸裂した。
21.
神秘 【65文字】
「安心したまえ。彼はもう井の中の蛙だ!」
「何ですそれは?」
「井戸に落ちた蛙は逃げられなくて困るって意味だよ」
「はぁ」
「東の諺さ!」
クイーンとジョーカーくんです……大好きなもので……
東洋の神秘ですね。
22.
噂 【65文字】
あの峠には鬼が出るらしい。黄昏時には村人を拐かして喰らうらしい。青い目に赤い顔で、この世のものとは思えぬ金色の髪をしているらしい。
23.
彼と彼女 【65文字】
「やっぱわかんない。女がいいって感覚」
「俺だって分からんね。男がいいって感覚」
誠二と涼子は交互にそう言い合って笑った。
「変なの!」
24.
悲しみ 【65文字】
悲しい、が分からないんだ、と悲しげに笑う彼に、私が死んだらどう?と聞いてみた。
「きっと朝起きて君がいない理由を考える日々だろうね」
25.
生 【65文字】
外気にさらされていた手はとても冷たかった。でもそれは僕の手が温かいということの裏返しだ。彼女の手もしばらくすれば温かくなる。
嗚呼、
26.
死 【65文字】
少し水をまいただけ。少し夜冷え込んだだけ。少しスピードが出てただけ。少し道が曲がってただけ。
そんな「少し」だけで彼と僕は断絶した。
27.
芝居 【63文字】
女が頭を下げ、場内は一瞬静まった後再びざわめきを取り戻した。観客たちの目は期待に輝いている。役者は舞台裏で己の胸に手を当てた。
28.
体 【65文字】
唯一の私の記憶、それは背中だ。正確に言えば背中から私を包む体。強い腕。温かい私の背中。肩に乗る頭の重み。
――誰かは知らないが。
29.
感謝 【65文字】
彼女は彼には聞きなれない言葉を発して頭を上下に動かした。彼の手を握ったままそれを何度も何度も繰り返した。涙を流しながら。
「アリガトー」
30.
イベント 【65文字】
犇くスタッフの向こうのテーブルの更に向こう、あたふたする創。なんたって出来ていないのだから。あ、ほらあと少しだよ? 「手伝え!!」
31.
やわらかさ 【65文字】
雪のようと言うにはあんまり温かすぎる白さで、蒲公英の綿毛と言うにはあんまりなめらかすぎる手ざわりで、その小さな生き物はそこにいた。
32.
痛み 【65文字】
その指先の1センチほどの線に、体中の精神が集まるような錯覚に襲われる。脈を打っている。切り離された肉がすれるのを感じて気持ち悪い。
33.
好き 【65文字】
全くダメな人、といつも言うわりにいつも世話やいてるよね。毎度毎度あきれる。あれに愛想尽かさないなんて。僕も人のこと言えないけど。
34.
今昔(いまむかし)
【65文字】
娘は黒髪に沢山埃をかぶって物置から出てきた。変な雑誌を見つけたの、と何十年か前の大衆紙の若者たちの写真を指す。金色の髪をした私を。
35.
渇き 【65文字】
サボテンすら生えない荒れ果てた大地。どうやら車が通るらしい道のようなものが一本ある。時折吹く風は、少ない水分を更に奪い去ってゆく。
36.
浪漫 【65文字】
夜更けの波止場に静かに響いているのは幽かな歌声。時折風が凪ぎ、ひるがえったマントがふわりと下りてくる。彼は空を見上げ、目を閉じた。
37.
季節 【64文字】
家を出た頃はTシャツに着物を羽織るのも暑くて嫌だったのに、今はもう一枚欲しいくらいです。帰ったら栗ごはんとリンゴが食べたいです。
38.
別れ 【65文字】
女は、泣いたら悲しくなるからと笑った。男はそれに応えて笑った。一人の帰り道はうら寂しく、男は自分の半身を奪い取られた錯覚に陥った。
39.
欲 【65文字】
不安定なボウルの中に、数千本のマッチ棒が入っている。あと一本乗るだろうか。無理……いやでも……。彼は静かに、その一本を頂に置いた。
40.
贈り物 【65文字】
手渡されたわけじゃないけど、確かにもらったものがある。
胸を締め付けられるような喜びと、涙がこぼれるほどの感謝を
私も、あなたに。
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